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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

教育改革の行方 プログラミング教育は必要か

第644号 2018年10月5日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 私の46年間の教育活動の中で、今日ほど教育改革をめぐってさまざまな議論が行われ、新しい概念が次々と打ち出されているのは初めてです。思いつくままにあげてみましょう。「非認知能力」「アクティブ・ラーニング」「STEM教育」「eラーニング」「EdTech(エドテック)」「プログラミング教育」「知財創造教育」「カリキュラム・マネジメント」・・・皆さまもどこかでお聞きになったり、目にされたりしたことがあるかも知れません。教育内容に関する改革案であったり、教育方法の改革を目指したものであったりさまざまですが、一つ一つの概念の中身も必ずしもまとまっているわけではなく、人それぞれの想いが先行しているように思います。中でも2020年の教育改革の中で、小学校の新しい教科として導入される「英語教育の必修化」と「プログラミング教育」についての議論が盛んです。英語教育に関しては、母国語の国語教育がしっかりしていないところに、早い段階で英語教育をやる必要があるのかといった議論や、現状で本当に英語を指導できる教員がどれほどいるのかといった、指導者の確保に問題があるのではないのかという議論もあります。英語教育を専門とする方や、インターナショナルスクールの草分け的存在の方の中にも、早くから英語教育をやる必要はないと明言される方もいます。私も少ない経験ではありますが、インターナショナルスクールに通い、普段英語だけで学習している子どもに、日本語の理解に遅れがあることを実際に見てきましたし、東南アジアに駐在されている多くの日本人の方々からも、講演会のたびに「日本語」の習得に関する質問をたくさん受けてきました。海外で子育てをするご家庭にとって、この問題は相当深刻のようです。言語で論理を育てる課題がある以上当然のことと思います。また、学習時期の問題だけでなく、指導法に関しても賛否両論あるようで、幼児期に盛んに行われている「英語のシャワー」が果たして効果があるのかどうかといった議論も終息していません。

最近本屋の新刊書売り場を見ると、プログラミング教育に関する本がたくさん並んでいます。国の方針として小学校の教科に取り入れると宣言して以降、たくさんの本が出されています。私もそのうちの何冊かを読みましたが、プログラミング教育に関する考え方も人それぞれだということを感じます。私が知る限り、プログラミング教育に関する考え方は、

  1. コンピューターをはじめとするICT機器を操作することができるようにする
  2. コンピューターを動かす言語を身につけ、プログラムを作成することができるようにする
  3. プログラミング的思考を身につける

というように、いくつかの課題があるようですが、教育との絡みで言うと文部科学省なども「プログラミング的思考」を育てることに重きを置いているように見えます。では、これまでの「論理数学的思考」とは一体どこが違うのでしょうか。もっと平たく言えば、「考える力を育てる教育」と一体何がどう違うのでしょうか。新しい概念を出して、何かこれまでと違ったものが始まるような錯覚を覚えますが、実はこれまでも学校教育の中で大事にしてきたものを、言い方を変えて「プログラミング教育」と何か目新しいもののように言っているだけかもしれません。

2016年6月16日に行われた「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」の議論の取りまとめが文科省のホームページに掲載されていますが、その中に次のような記述があります。

  • プログラミング教育とは、子供たちに、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての「プログラミング的思考」などを育むことであり、コーディングを覚えることが目的ではない(p.1)

また、小学校教育におけるプログラミング教育のあり方に関しては、次のような記述も見られます。

  • 小学校におけるプログラミング教育が目指すのは、前述のように、子供たちが、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験しながら、身近な生活でコンピュータが活用されていることや、問題の解決には必要な手順があることに気付くこと、各教科等で育まれる思考力を基盤としながら基礎的な「プログラミング的思考」を身に付けること、コンピュータの働きを自分の生活に生かそうとする態度を身に付けることである。(p.10)

では、「プログラミング的思考」とは一体何を指しているのでしょうか。あまり良く分かりません。そもそも「プログラミング的思考」などという新しい概念を持ち出す必要があるのだろうかと思います。そんな疑問をもってインターネット検索をしてみると、賛否両論花盛りであり、その中には「小学校でプログラミング教育は必要か」といったブログ記事も見られました。

教育内容や教育方法の改革は表裏一体ですが、本質的な議論はやはり教育内容の議論であり、それは極めて具体的でなければなりません。さまざまな概念が打ち出され、これまで抱えていた問題が一挙に解決できそうな雰囲気が漂っていますが、現場の人間からすれば、何一つ解決しないまま包装紙を変えただけの議論が展開されているとしか思えません。現実を動かす具体策がなければ、本質的な教育改革は何も進みません。横文字が多く、海外で話題になっている教育方法が安易に語られたり、指導者の確保をどうするかの議論もないまま、うわべだけの議論が花盛りといった状況では、現場は何も変わりません。英語教育にしてもプログラミング教育にしても、教えられる教師が一体どれくらいいるのでしょうか。

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