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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

主体的な学びをどう構築するか

第634号 2018年7月20日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 今週から夏季講習会が始まり、朝早くから夕方までたくさんの講座が組まれ、大勢の子どもたちが元気に参加しています。秋に受験を迎える年長児は夏休み前までにすべての学習の基本を終え、これから入試直前までは、過去問トレーニング・予想問題トレーニングを含めた総合学習が始まります。これまで学んできた基礎学力を土台に、複合化された問題に挑戦し、より深い学びへとつなげていきます。5日間連続のお弁当持ち講習会では、午前中は具体物やカードを使った授業で基礎学力を点検し、ペーパートレーニングでその定着を図ります。お昼を挟んだ午後は、行動観察の対策につながる経験を積み上げるためにダンスと劇作りに取り組み、最終日に保護者の前で発表会をすることになっています。デスク上のワークと体を使った活動の2つを通して、さまざまな側面から教師や子ども同士の関係を再構築させるようにしています。デスク上のワークで自信が持てなくなった子が、劇遊びになるとリーダー的な存在で活躍し、その自信に支えられてペーパー学習でもがんばれるようになった事例もあります。さまざまな活動を通しての交流が一人一人の子どもに自信を与え、その結果、苦手だったペーパートレーニングにも積極的に参加するようになっています。
昨年11月から新クラスで授業を開始し、この7月で8カ月経ちますが、子どもたちの成長には眼を見張るものがあります。特に月齢が低かったお子さまが、ここに来て成績を伸ばしています。月齢差はまだまだありますが、試験の行われる11月前後にはそういった差はなくなってくるはずです。

子どもたちの主体的な学びをどう構築するか・・・これは、これからの教育改革の中心になっていくと思います。「アクティブ・ラーニング」が盛んに言われるようになったのも、知識の教え込みの教育では、ロボットがこれまでの人間の仕事を奪うこれからの時代を生き抜くことはできないからです。そのため主体的な学びをどう身につけさせるかに議論が集中しています。小学校の入試問題で作業させて答えを導き出す課題が増えてきているのも、そうした流れと無関係ではありません。学校側は、時代の要請を踏まえながら入試問題をつくっているはずです。だからこそ、毎年多様な新しい問題が生まれてくるのです。しかし、そうした大きな変化があるにもかかわらず、ペーパートレーニングのみの入試対策で対応できるはずはありません。試行錯誤の作業を繰り返して自分で答えを導き出すような経験をさせなくてはなりません。それは、単に小学校受験にとって意味があるだけでなく、将来の教科学習の基礎をつくる意味でも大切です。

それをどのように実践すべきか、日々の教室授業でさまざまな教授法を試みてきましたが、最近特に重視しているのは、対話を通してどのように深い学びをさせるかということです。そのため、授業全体をデザインする際に念頭においていることがいくつかあります。

  1. 体を使った集団活動、手を使った個別作業、頭を使ったワークブック学習の3段階学習を徹底する。
  2. 事物を使った個別作業においては、できるだけ試行錯誤する時間を保障する。
  3. ワークブックを使った学習では、答えの根拠を必ず説明させる。
  4. 集団活動においては、ある課題を与え、相談する機会を増やし、自分の思いや考えを出し合ってひとつのものを作り上げる経験をたくさん持たせる。

以上の方針に沿って、1時間半の授業を行っています。その中でも特に3.と4.を重視し、自分の考えを言葉で表現したり、話し合いを通して人の話を聞き、自分の思いを伝えるような経験をたくさんさせています。こうした実践を通して分かってきたことは、子どもたちは自分の考えを言語化し、人の前で発表することをとても好んで行うということです。恥ずかしがったり、間違えたらどうしようと考えて人前で自分の考えや思いを伝えるのは苦手なのではないかと思いつつ、対話的な手法を取り入れた授業が幼児の段階から可能であるし、それを子どもたちも好んで行うという事実は、幼児期の授業方法を考える上で大変貴重な経験だと思います。12人から15人の子どもたちをひとつのクラスとしてまとめ、幼児にとって難しいとされる集団授業を行うには、クラスを構成する一人一人の特性を踏まえ、それが授業を行う環境の大事な要素と考えなければなりません。それぞれの個性を生かす対話的な授業をどう演出するかについては、指導者の経験や力量も関係してきますが、少なくとも教え込みの授業は絶対しないということを肝に銘じ、元気な子だけでなくおとなしい子の存在にも眼を向け、促さなければ前に出てこれない子どもにも自信を持たせる最大のチャンスだと考えて、発言の機会を与えていけるような授業演出が必要です。

今、2020年の教育大改革に向けて、幼児教育の世界でも改革の議論が盛んです。これまでの5領域指導の考え方を踏まえ、新たに「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が打ち出されました。その10の姿とは以下のようにまとめられています。

(1) 健康な心と体
幼稚園生活の中で,充実感をもって自分のやりたいことに向かって心と体を十分に働かせ,見通しをもって行動し,自ら健康で安全な生活をつくり出すようになる。
(2) 自立心
身近な環境に主体的に関わり様々な活動を楽しむ中で,しなければならないことを自覚し,自分の力で行うために考えたり,工夫したりしながら,諦めずにやり遂げることで達成感を味わい,自信をもって行動するようになる。
(3) 協同性
友達と関わる中で,互いの思いや考えなどを共有し,共通の目的の実現に向けて,考えたり,工夫したり,協力したりし,充実感をもってやり遂げるようになる。
(4) 道徳性・規範意識の芽生え
友達と様々な体験を重ねる中で,してよいことや悪いことが分かり,自分の行動を振り返ったり,友達の気持ちに共感したりし,相手の立場に立って行動するようになる。また,きまりを守る必要性が分かり,自分の気持ちを調整し,友達と折り合いを付けながら,きまりをつくったり,守ったりするようになる。
(5) 社会生活との関わり
家族を大切にしようとする気持ちをもつとともに,地域の身近な人と触れ合う中で,人との様々な関わり方に気付き,相手の気持ちを考えて関わり,自分が役に立つ喜びを感じ,地域に親しみをもつようになる。また,幼稚園内外の様々な環境に関わる中で,遊びや生活に必要な情報を取り入れ,情報に基づき判断したり,情報を伝え合ったり,活用したりするなど,情報を役立てながら活動するようになるとともに,公共の施設を大切に利用するなどして,社会とのつながりなどを意識するようになる。
(6) 思考力の芽生え
身近な事象に積極的に関わる中で,物の性質や仕組みなどを感じ取ったり,気付いたりし,考えたり,予想したり,工夫したりするなど,多様な関わりを楽しむようになる。また,友達の様々な 考えに触れる中で,自分と異なる考えがあることに気付き,自ら判断したり,考え直したりするなど,新しい考えを生み出す喜びを味わいながら,自分の考えをよりよいものにするようになる。
(7) 自然との関わり・生命尊重
自然に触れて感動する体験を通して,自然の変化などを感じ取り,好奇心や探究心をもって考え言葉などで表現しながら,身近な事象への関心が高まるとともに,自然への愛情や畏敬の念をもつようになる。また,身近な動植物に心を動かされる中で,生命の不思議さや尊さに気付き,身近な動植物への接し方を考え,命あるものとしていたわり,大切にする気持ちをもって関わるようになる。
(8) 数量や図形,標識や文字などへの関心・感覚
遊びや生活の中で,数量や図形,標識や文字などに親しむ体験を重ねたり,標識や文字の役割に気付いたりし,自らの必要感に基づきこれらを活用し,興味や関心,感覚をもつようになる。
(9) 言葉による伝え合い
先生や友達と心を通わせる中で,絵本や物語などに親しみながら,豊かな言葉や表現を身に付け,経験したことや考えたことなどを言葉で伝えたり,相手の話を注意して聞いたりし,言葉による伝え合いを楽しむようになる。
(10) 豊かな感性と表現
心を動かす出来事などに触れ感性を働かせる中で,様々な素材の特徴や表現の仕方などに気付き,感じたことや考えたことを自分で表現したり,友達同士で表現する過程を楽しんだりし,表現する喜びを味わい,意欲をもつようになる。
(改訂幼稚園教育要領より抜粋)
この10の姿の中で私たちの教室指導に直接関わるものは、(6)思考力の芽生え (8)数量や図形,標識や文字などへの関心・感覚 (9)言葉による伝え合い (10)豊かな感性と表現 の項目ですが、「興味や関心,感覚をもつようになる」「楽しむようになる」「表現する喜びを味わい,意欲をもつようになる」といった表現に象徴されるように、きわめて曖昧で抽象的な作文であることがよく分かります。問題はその先です。何を具体的にやったらよいのかの具体策が見えてこないのです。現場の人間が自由に判断しやすいように曖昧な表現にしたということであれば、少しは理解できますが、子どもの具体的な発達調査もないままにこうした理想論を押し付けてきたのが、これまでの日本の幼児教育行政です。最近流行の言葉で言えば、「エビデンス」がないままに望ましい姿を打ち出しても、現場の指針にはならないというのが現状だと思います。「無償化」の議論が盛んですが、無償化しただけでは教育の質は何も変わらないでしょう。無償化したからこそ、幼児教育の質が深まらなければ、何のための無償化でしょうか。意図的な教育を排除し、何の蓄積もない日本の幼児教育行政の限界だろうと思います。

幼児教育に新しい風を吹き込むためには、教員養成課程のあり方から根本的に変革しなければなりません。時代の要請に応えうる、新しい発想の幼児教育を打ち立てるだけの能力が、今の大学教授や文部科学省にあるのかどうか、はなはだ疑問です。子どもを預かる現場の人間が変革の主体にならなければ、何年たっても幼児教育の質は深まらないでしょう。

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