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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

「考える力を育てる」とは何か

第616号 2018年3月16日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 幼児教育が一種のブームになっている現在、どこもかしこも「考える力」を育てることが大事だと言っています。しかし、「考える力って何?」と聞かれて、具体的に説明できる人はあまり多くありません。なんとなく「思考力を育てる」といえば分かったような気になり、それから後は具体的な議論が進まない・・・というのが現状です。しかし、教育内容の議論は具体的でなければなりません。数の学習をしても、文字や漢字の練習をしても、ペーパーで教え込んでも・・・何をやっても「考える力」を育てています、では結局何をやっても変わらないし、なんでもありということになってしまいます。あらためて、「幼児の考える力を育てる」ということはどういうことなのでしょうか。

こぐま会では、幼児の基礎教育の目標として「考える力の育成」を掲げ、実践を積み重ねてきました。そうした子どものいる現場から、あらためて「考える力とは何か」を問い続け、これを次の10の観点にまとめて日々の実践に生かしています。

(1) 物事の特徴をつかむ
(2) いくつかのものごとを比較する
(3) ある観点に沿って物事を順序づける
(4) 全体と部分の関係を把握する
(5) 観点を変えてものごとを捉える
(6) ものごとを相対化して捉える
(7) 逆に考える
(8) あるものごとをひとまとまりにして捉える
(9) 規則性を発見する
(10) AとB、BとCの関係から、AとCの関係を推理する

ここに掲げた10の観点は、特定の領域の課題ではなく、6領域にまたがっているものです。たとえば、「(3) ある観点に沿って順序づける」を例にとれば、未測量領域の「量の系列化」もあるし、位置表象領域の「位置の系列化」もあります。また、言語領域の「時系列」もまさに順序づけの課題です。「未測量・位置表象・数・図形・言語・生活 他」の6領域は、指導上便宜的に分割しているもので、その領域を貫く「考える方」を育てることが大事です。そして、この10の観点の中で、特に「論理的思考力」を育てるために大事なのは、「(5) 観点を変えてものごとを捉えることができる」ことだと、心理学者のピアジェははっきり言っています。知的自己中心性の強い幼児が論理的思考力を身につけるためには、「脱中心化」が必要であり、その中核が視点を変えてものごとをみることができるかどうかだと主張しています。

視点を変えてものごとを見る課題にはいくつかありますが、代表的なものとしては、
(a) 四方からの観察
(b) 観点を変えた分類
(c) 数のやりとり

などがあります。先週行ったばらクラス step4-2の授業は、「(a) 四方からの観察」の代表的な課題です。1時間半の授業で、次のような課題に取り組みました。

セブンステップスカリキュラム step4-2
位置表象4「四方からの観察」
(1) ヤカンの写生
  1. 真ん中に置かれたヤカンを子どもたちが4方向から観察する。自分の座っているところから、ヤカンがどう見えるか、見えた通りに写生する。
  2. 子どもたちの作品をもとに、どこから見た絵かを話しあう。
(2) 場所探し
  1. 4方向から見たヤカンの絵カードのうち、教師が指定した1枚を持ち、どの場所から見たヤカンなのかを考えてその椅子に座る。
  2. 教師の座った場所からヤカンがどのように見えるかを考えて、4方向から見たヤカンの絵カードから、該当するものを選ぶ。
  3. 反対側から見たらクマのぬいぐるみがどのように見えるかを考えて、4方向から見たぬいぐるみの絵カードから、該当するものを選ぶ。同じように、じょうろや花びんにさした花などでも練習する。

まずヤカンの写生を通して「同じものでも場所が違うと違って見える」という理解をしっかり持たせます。次に、その経験を前提に、4つの場所から描かれたヤカンカードを持たせ、どの場所にいけば絵に描かれたヤカンのように見えるかを考えさせます。次に、子どもと向き合うように教師が座り、机の上に置かれたヤカンが「先生からみたらどう見えますか。」と問いかけカードを取らせます。この課題に対しては、半数近くの子がまだ自分から見えるカードを取ってしまいます。ここに視点を変えてものごとを見ることの難しさがあります。何回かやっていくうちに次第に理解していき、最後のペーパートレーニングでは、ほとんどの子ができていました。視点を変えてみたとき、どのように見えるかを考える課題は、左右関係が逆になるという点が一番難しく、それは、「左右の理解」の際に繰り返し行った、「向き合ったお友だちの右手はどちらですか?」という課題に直結しています。
この課題が理解できたら、次は2つあるいは3つのものの見え方をその場に行かないで考える問題です。3つの場合は、左右関係だけでなく前後関係の重なりも問題になってきます。また、選択肢から選ぶペーパーの問題だけではなく、自分で描き表すという課題にも挑戦します。

「(b) 観点を変えた分類」では、一度つくり上げた「仲間あつめ」を壊し、別の視点でものごとの共通性を見つけることができるかどうかが問われます。生活用品であれば、用途に着目する仲間あつめ、素材に着目する仲間あつめ、形に着目する仲間あつめ・・・などがあります。一度つくった仲間分けを壊し、別の観点に立つことができるかどうか。それが「考える力」を育てる大事な学習なのです。

「(c) 数のやり取り」の問題でも、こうした見方は必要になってきます。例えばみかんを5個ずつ持っていて、「AちゃんがBちゃんに1個あげると、2人が持っているみかんの数はいくつ違いますか?」という課題に象徴されます。この場合、1個と答える子が多くみられます。1個あげたんだから1個多いと考えるのは無理もありません。しかし、一方が1個増え、一方が1個減れば結局2個の違いが生じます。もらったほうの視点(1個増えた)だけでなく、あげたほうの視点(1個減った)からも考えなければなりません。その結果として「違いは2個」と理解できるのです。違う視点に立って考えるということはそういうことです。

教育内容を検討する場合、こうした具体的な議論をしなければなりません。なんとなくはやりの言葉を使えば、分ったような気になる・・・こうした雰囲気を壊していかないと、新しい教育内容は確立できません。曖昧さの最たるものは、「幼稚園教育要領」に象徴される国の指導方針です。美辞麗句で固めても現場は何も変わりません。なぜ明確な学習目標が出せないのでしょう。幼児期の基礎教育に関する経験の積み重ねがないからに他なりません。知育を軽視してきた日本の幼児教育が、今深刻な壁に直面しているのです。海外の、特に東南アジアの国々に行って日本の幼児教育の遅れを感じるのは、私だけでしょうか。

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