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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

ペーパー主義の教育は時代遅れ

第585号 2017年7月21日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 6月27日と7月11日の2回にわたり行った「年中から始める正しい受験対策」セミナーには、延べ120名ほどの参加者があり、その後大勢の皆さまから個別面談の希望がありました。入会相談も含め、入試に向けた学習の進め方について、いろいろな質問が寄せられました。その中で一番多かったのは、「本当に今から過去問をやらなくてもいいんですか?」というものでした。私は、聖心女子学院初等科と雙葉小学校の過去問の分析を通し、正しい学習法を伝える中で、次のようなことをお話しました。

「入試を1年半後に控えた今から、ペーパーを中心に過去問トレーニングをやって何の意味があるのですか?1年後に自分の力で解くことが必要な課題を、1年前に前倒しでやってもできないのは当然です。できなければどうするか。結局解き方を教え込むしかありません。子どもは記憶する力は相当高いので、解き方を教えてやればできるでしょう。しかし、それは本当に身についた力にならず、すぐに忘れます。本当に身につくのは、自分で試行錯誤し、自分の力で解けたときです。そのためには、学ぶ順序があります。基礎から応用へということはそういうことです。その基礎的な部分の学習をしないで、いきなり応用問題をやらせ、できなければ叱り飛ばして徹底的に教え込む。こんな指導に何の意味があるのですか?入試対策といえども、教育には指導の原則があります。その原則を踏み外して、受験だから・・・という理由で教え込みの教育をしても、いま学校側が求めている思考力は身につきません。そもそも同じ問題は出ませんから、量をこなすのではなく、1枚のペーパーを大事にし、その問題を通して深く学ぶことが大事です。そのためには、入試で求められている考え方を、指導者は知っておかなければなりません。それをしないで、年中の時から手当たり次第に過去問をやっても、論理的な思考・自立した判断は身につきません・・・」

こうした私の発言に触れて多くの方々が相談に見えました。その大半の方が、今通われている塾での指導法に疑問を持っていらっしゃいました。「年中の今から、徹底して過去問を指導され、できないとみんなの前で叱られ、自信をなくしてしまい塾に行くことを嫌がっている。本当に今の時期からペーパーで過去問をやらなくていいのですか?事物教育をやっていて、本当に間に合うのですか?」という内容です。こうした質問に対し、「過去問対策は年長の4月からで十分です。それまでに事物やカードを使い、また基礎的なペーパーを使い、入試で求められている考える力を徹底して育てることが大事です。」とお答えしています。

現在首都圏には、大小含めて1,000以上の幼児教室があるといわれています。その多くが、入室した途端、過去問トレーニングをペーパーで行っているようです。また、こぐま会が発行している「ひとりでとっくん365日」を教室で使って、年少の時から何回も繰り返してやっているという話も聞こえてきます。そうしたところに限って、指導のために必要なカリキュラムなど存在しないようです。つまり受験塾は、いかに早くからペーパーに取り組むか、そしてまた、いかに早くから過去問に取り組むかを競っているようです。ですから、カリキュラムなど必要ないわけです。こんな非教育的なトレーニングを学校側が歓迎するはずはありません。いち早く過去問ペーパーをやって喜ぶのは、母親と教師だけです。当事者である子どもたちにとっては、本当につらい指導です。厳しい指導の現場を見てきたある方は、「虐待」にも思えるほどだと表現していました。

楽しいはずの学習が楽しくない。幼児期の基礎教育にとっては、受験は最大の学ぶチャンスなのに、学習嫌いの子どもたちをたくさん生み出してしまっている。物事を柔軟に考えることを身につけなければならない幼児期に、その芽を摘み取ってしまっている・・・。ペーパー主義の教育は、このようにマイナス面だけが目立ちます。

小学校に進級できる附属幼稚園では、詰め込みの教育や、教え込みのペーパー主義の教育は受けないようにと注意されているようです。受験に向けて、小学校側からもそうしたメッセージが発せられ始めています。

ゆがんだ受験対策の責任は、受験教育を担い、子どもを送り出す塾側にあります。そうした塾の間違った宣伝に煽られ、ペーパー主義の教育に何の疑問も持たずに教室に預けっぱなしでは、子どもの考える力は身につきません。また一方で、そうした状況をつくり出してきた責任は学校側にもあります。それは、学校がこれまで入試に関する情報を開示してこなかったからです。そのため、塾側から営業のために間違った情報が意図的に流されてきたのです。ここ数年、学校側の情報公開も少しずつ改善してきましたし、学校の日常を公開する機会も増えてきました。そうした中で、学校が受験生に何を求めているのかをぜひ読み取っていただきたいと思います。

数値化された成績で上から合否が決まっていく受験ならば、こんなに簡単なことはありません。そうでないことが、小学校受験の特徴です。そのひとつの具体例が「行動観察」です。これは本当によくできた試験方法だと思います。ここでいったい何が求められているのでしょうか。私は機会のあるたびに学校の校長先生に行動観察の意味を尋ねてきました。その中ではっきりしていることは、「できた - できない」で評価をしてはいないということです。ペーパーワークと同じような感覚で行動観察の対策をしたら、それは学校が求めているものとは真逆の方向だといわざるを得ません。学校が求めているものが、今はやりの「非認知能力」であるとしたら、教え込みの教育こそ、まったく違った方向を向いているといわざるを得ません。

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