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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

子どもを送り出す側からのメッセージ

第565号 2017年2月10日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 1月22日から始まった学校別入試分析セミナーも、2月5日で終了しました。延べ1,000名近くの方がこのセミナーを受講され、その関心の高さに驚いています。情報が閉ざされた小学校受験で、正確な情報を必要とする方々がいかに多いかを象徴しています。子どもたちや保護者の方から聞き取った入試情報をきちんと分析し、次に受験される方々に正確に伝えることは、私たちの大事な仕事だと考えています。噂話や操作された情報に右往左往されるお母さま方の姿を見るにつけ、ますますこうした分析セミナーを通して正確な情報を伝え、正しい理解の上で対策に取り組んでいただきたいと切に願わずにはいられません。今回は、2017年度入試で出題された問題の分析だけでなく、それぞれの学校の数年間の過去問から見える学校側の出題傾向も分析し、秋の受験に向けて何をどう学習したらよいのかもお伝えしました。

2008年度以降、減り続けている私立小学校の受験者数も下げ止まりはしましたが、上昇に転じるきっかけはまだないように思います。受験者が増える傾向はいくつかの学校ではみられるとしても、全体として各学校とも苦戦を強いられているようです。特に、2011年の東日本大震災の影響で、遠くの学校に通わせることに疑問を持ち、近くの学校に通わせる保護者が増えたために、昔のようにたくさんの学校を併願するご家庭が減ってきていることも、各学校の倍率を低くしている一つの原因かもしれません。こうした状況を踏まえ、私立小学校の受験者を増やすために、私立小学校間で情報を交換し、学校説明会の持ち方や入試のやり方などの事例研究を通して、受験者を増やすためにどうしたらよいのかを考えるセミナーも開かれています。私も保護者側の受験動向を伝えるために、そうしたセミナーにパネリストとして呼ばれ、保護者の皆さまが何を重視して学校を選択しているのか、また受験に関して何を望んでいるのかなど、日ごろ受験生の皆さまから受ける相談内容を私なりにまとめ、校長はじめ入試担当の先生方が大勢集まる場でお伝えしてきました。今年で3回目の参加になりますが、年々参加する学校が増えているように思います。そこで発表される報告を聞いていると、大勢の受験生に受験してもらうために学校側が新しい試みをし、大変努力をされているのが良く伝わってきます。ワーキングマザーの増加で、学校側が家庭に寄り添った改革を実行しようとしていることもよく伝わってきます。保護者が迎えに来るまで預かる「学童保育」の実行や、給食制度の導入を検討している学校もあるようです。説明会の持ち方や、WEB上での合格発表・補欠合格者の出し方など、入試事務の改革は相当進んでいるように思います。そうした状況の中で、昔から一貫して変わらず改革されていないのは、情報公開です。学校側からの情報が何もない、しかも受験に向けて何を学習したらよいのかを示す「教科書」もないのが現状です。教科書のない入試など、上級学校のどこを見てもありません。中学校受験は、小学校の教科書をしっかり学んだ上での入試です。高校受験も大学受験もしかりです。しかし小学校受験は、もとにすべき教科書がどこにもありません。だからこそ、過去問を徹底的に教え込む受験対策が横行するのです。しかし大事な幼児期に、1年以上先に出される入試問題が基礎学習の素材では、「考える力」など身に付くはずはありません。間違った入試対策が行われる最大の理由は、入試情報が学校側から公開されていないからです。何を学び、何を子育ての指針にすればよいのかといった、学校側からのメッセージがないのが現状です。そのため塾から出される情報を信じるしかありませんが、その情報が塾側の思惑によって操作され、学校側が一番嫌う「教え込み」の教育が始まるのです。そこで傷ついていく子どもたちがどれほど多いことか。この問題をきちんと解決していかないと、幼児期に大切な心の成長すらも阻害していくことになります。幼児期の教育の動機づけとして、小学校受験は良いチャンスだと思います。しかし、受験には「光の部分」と「影の部分」があり、その陰の部分が最近の入試対策において顕在化しているように思います。勉強のやり方がきわめて非教育的であり、学力を伸ばすことと引き換えに、心の成長をゆがめてしまう結果に心を痛めているのは私だけでしょうか。幼児の学習に競争の原理を持ち込むことで学習の動機づけにはなるでしょう。しかし、できた問題の数でご褒美をあげ、獲得した数を競わせるような集団学習は、他者との関係づくりに暗い影を落としています。

私の経験でもこんなことがありました。1~2年前のことですが、ペーパー問題をみんなでやっている時のことです。早く仕上げた子が、両腕でペーパーを隠し、自分の答えが見えないようにし始めたのです。この動きを見たとき、なぜそんな行為に及ぶのか考えざるを得ませんでした。指示をしっかり聞くこと、隣を見ないこと・・・などいくつかの注意を与えてペーパー学習に入るのですが、自分の答えを他人に見せないという行為は、注意として与えた「隣を見ない」ということの裏返しではなく、その行為に表れた気持ちは、競争意識以外の何物でもありません。他者を排除することにつながる行為を5歳児がするということを見て、この子の心の状態を考えると恐ろしい気持ちにもなりました。入試対策がもし、そうした心の奥底まで染み込み、他人と競争することが植えつけられてしまったとしたら、これから長く続く学校生活の中で、どのような人間関係を築いていけるのでしょうか。幼児期に身に付いた他者との関係の取り方は、簡単に変えられるはずはありません。心が成長する大事な幼児期に、一生大事に育てなくてはならない「他者への思いやり」「他者の存在を大事にする感覚」が受験勉強のおかげで損なわれるとしたら、一体何のための受験勉強かということになります。

こうした非教育的な受験指導が行われる背景には、「合格さえすればなんでも許される」という感覚があるからです。小学校受験をビジネスの絶好の機会だとしか考えない人たちにとって、子どもの一生にとって大事な幼児期の教育だという認識などどこにもありません。売上げを伸ばすために、あの手この手で保護者をごまかし、自分たちに都合の良いように情報を操作することに長けた人たちです。学習のスタートの時点で何が大事かを考えずに、明らかに間違っていることでも合格と引き換えに免罪されると考えているのでしょうか。こうした間違った受験教育に対し、学校側も警告を発し始めています。入学してくる子どもたちの異変に、やっと学校側が気付き始めたのでしょうか。私は今回のセミナーにおいて、参加された校長先生や入試担当の先生方に、情報を公開していただきたいことを強くお願いしました。そして何よりも、今幼児教室でどんな受験対策が行われているのかを見ていただきたい・・・とお願いしました。

子どもたちを送り出す塾側とその子どもたちを受け入れる学校側が、同じ考え方で指導に当たらなければ、せっかくの幼児期の学習が無になってしまいます。そうならないためにも、入試に絡む学校側からのメッセージがどうしても必要です。小学校受験のために「毎日50枚もペーパートレーニングをしなければ合格できない」といった、ばかげた噂話に象徴されるような特別な教育が必要なのではなく、幼児期の子育ての総決算として入試があり、そこで学んだことが将来の教科学習の礎になっていくような基礎教育が大事だということが伝われば、もっと多くの方々が小学校受験を考えるはずです。今、私立小学校の関係者が一番心配している私立小学校離れに歯止めをかけるためにも、受験の在り方を根本から検討しなければならない時期に来ているのではないかと思います。そうした送り出す側のメッセージを、今回のセミナーで多くの入試関係者にお伝えしました。

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