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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

今年の入試から何を読み取るか(5) 倍率はどうであったのか

第469号 2015/1/30(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 2007年度をピークに年々受験者が減り続けている小学校受験ですが、果たして今年度は増えたのか、減ったのか。受験者数を公表していない学校が多く、また、試験日程が重なることを承知で併願校として願書を出すため、名目上の倍率と実質倍率に大きな開きがあるのも、小学校受験の特徴です。そうしたことを前提に見たとき、2015年度の実質倍率は一体どうだったのでしょうか。今回は、11月2日が日曜日に当たったため、日程がずれた学校は志願者も増えているはずです。そうした変化はあるにしても、国立も含め全体としては微減だったのではないかというのが大方の見方です。一体いつになったら下げ止まるのでしょうか。大学が定員割れを起こすような時代ですから、小学校も例外ではないと言えばその通りです。試験を受けた人数が定員より多くても、定員割れになってしまう最大の原因は、併願受験で合格を辞退する人たちが大勢いるということです。そのために補欠合格者を出しているのですが、都内の場合、12月下旬に行われる国立附属小の結果を待って最終判断するご家庭も多く、実際もうすぐ2月になろうという今でも補欠合格者が動いている状況です。

ところで、私立小学校の受験者が減っている原因は何でしょうか。

  1. リーマンショック後の経済の停滞
  2. 「小さいうちから遠くの学校に通わせる必要があるのかどうか」を、考え始めている家庭が多い。特に震災を経験して以降、その傾向が強い
  3. 小学校受験をするご家庭の多くが将来の受験を考慮しており、公立校が頑張り始めて公立高校から良い大学に大勢入るようになった今、私学に通わせる意味を考え始めている
  4. 合否判定に不透明な部分があり、そんな受験に全力投球出来ない

こうした現実を踏まえ、各学校も定員割れを起こさないようにさまざまな工夫をしています。
例えば、

  1. 上級校への進学(受験)を明確に打ち出す
  2. 働く母親のために、学校側が責任を持ってアフタースクールを実施する
  3. 学校の日常生活や授業を積極的に公開する
  4. 地元の受験生を増やす

これまで、消極的な意味で補欠合格者の発表の仕方を工夫したり、また、どんな理由があっても面談の日程を変えることがなかった学校でしたが、少し改善が見られます。例えば、運動会や病気等の証明ができれば、面談日は変えることができるという措置を取り始めた学校も出てきました。学校側が、家庭や子どもの立場に立って入試のあり方を変革しようと努力しているのだと思います。生徒募集の方法など考えなくても大勢の受験生が集まっていた時代と違って、今や積極的に情報発信しなければならない時代になってきました。こうした学校側の努力によって、小学校受験全体の様相が変わる可能性も出てきました。

1月23日(金)の夕方、「お受験じょうほう」 主催のセミナーに参加させていただきました。このセミナーは、首都圏の私立小学校の校長先生や教頭先生、広報担当者などが集まり、学校運営とりわけ小学校入試に関する情報を交換するセミナーのようです。2年前から始まったようで、今回が3回目でした。第1回目にも参加させていただきましたが、その時と比べ倍近い学校関係者が集まり盛況でした。私も含め3社の受験塾が今年の入試を総括し、今後小学校受験を目指す保護者の動きを学校関係者に伝えるという趣旨で行われたパネルディスカッションに、パネラーとして登壇した次第です。生徒集めに苦労する学校がどのように努力し、生徒増につなげたかという事例が報告されたあと、主催者の質問に答える形で、小学校受験を目指すご家庭の学校選びの考え方や、学校に求めているものが何であるか等をお伝えしました。

学校側から塾関係者を呼んで「学校案内」をする会は、頻繁に行われていますが、塾を通して受験生の考え方を知ろうという趣旨のセミナーは、あまりありません。40年間この仕事をしてきて、子どもたちを受け入れる学校側と、子どもたちを送りだす塾側がこれほど接近しているのは、本当に驚くばかりです。この良い関係を子どもの教育にプラスに働かせるために何が必要か。送り出す側の1人として、次のようなことをお願いしました。

  1. 小学校受験は、教科書のない唯一の試験であり、また、学力だけで合否が決まらない唯一の試験でもある。また、ペーパー試験だけでなく、行動観察や面接を入れた総合的な判断をする唯一の試験である。しかし、入試に関する情報が未公開であるため、何をどう準備したら良いのかが受験生側にわからない。そのため、受験業者の情報を信じるしかないが、その情報がはたして正確で教育的かといえば、あまりにも商業主義に満ちている。だからこそ、学校側からのメッセージがほしい。何を出題するとか、どう準備すれば良いかというノウハウではなく、どんな考え方で入試を行い、「どんな子どもたちを望むのか、また望まないのか」は伝えてほしい

  2. 合否判定の基準がわからないだけに、学校側が意図しないような訓練をしがちである。例えば行動観察で学校側が見ようとしているのは、本来の子どもの姿、「素」の姿のはずなのに、場面を設定して「こういう場合はこうしなさい」的な指導がよしとされている。本当にそんな訓練をされた子どもを学校側は欲しているのだろうか。誰が考えても「NO」であるはずなのに、形を教え込む受験対策を支持する保護者が多く、そうした間違ったやり方で子どもの個性をつぶしている。そういうことを求めていないという学校側のメッセージが必要である

  3. パターン練習でつめ込まれた知識で、11月の試験をパスしても、その後の伸びは期待できない。学校に入って伸びていく子どもたちの能力をどう発見するかが、受験の最大の目的であり、だからこそ、学校側も良い問題をつくろうと努力している。小学校に子どもを送りだす塾側と受け入れる学校側が協力して、本当に「考える力」が身についた子を育てなければならない。1年以上、莫大な時間とお金を費やす小学校受験は、見方を変えれば「幼児期における基礎教育」の最大の動機づけでもある。しかし、そこで行われる教育がゆがんだものであるとすれば、子どもの将来が危ぶまれる。間違った考え方がはびこらないように、学校側から正しいメッセージを送り続けていただきたい。間違った受験教育によってつぶされていく子どもたちを見ていると、小学校受験が、学校側が意図しない大事なものの損失につながるように思えてならない

以上のようなことをお伝えしました。学校側と塾側がここまで接近した現代だからこそ、小学校受験が、幼児期の教育の在り方を考えるチャンスになると考えています。そのためには、ジャッジする学校側からのメッセージが一番良いのです。例えば、慶應義塾横浜初等部の開校時に配られた以下のようなメッセージは、まともに幼児教育・受験教育に取り組んできた私たちの考え方が間違っていなかったことを証明するものであり、勇気づけられました。多くの学校からこうしたメッセージが受験生に届けば、ペーパー主義の誤った準備教育に歯止めがかかると思います。

慶應義塾横浜初等部 2013年度学校説明会 配布資料
『横浜初等部の入学試験に当たって』より
「〔前略〕
 私立小学校を受験する子供たちの多くが、そのための準備に多くの時間を費やしていることも事実です。特に、横浜初等部の場合には、開校初年度故に、入学試験の過去の事例がありませんし、試験日程等の概要の告知も神奈川県の設置認可が得られてからの8月になりました。それだけに、これからの短期間に、初等部を志願する家庭と子供たちがいわゆる受験産業の様々な指導や根拠の無い噂によって一層振り回され、日常のありのままの姿にこそ見られる筈のその子供の良さが失われることにならないよう願っています。
〔中略〕
 また、人間には様々な性格と個性があります。そして、それぞれに応じた行動様式があります。どうか子供のそれを大切にして欲しいと思います。例えば、一見、活発で、真っ先に行動する子供はその積極性は望ましいのですが、時に、じっくり考えたり、根気強く取り組む習性に乏しい場合があります。一方で、一見、積極性に欠けて反応が遅いと思われる子供の中にも、一人で一つのことに時間をかけて黙々と取り組む力を持った子供がいます。学校は、様々な性格と個性、そして行動様式の生徒が混在してこそ、魅力的な教育環境が作られると考えています。全てが同じような行動様式の生徒である学校ほど気味の悪いものはありません。子供一人一人が、その性格や個性が大切に育まれ、それに基づく行動が良い方向に発揮されるようになることが大切なのです。その意味からも、入学試験で望ましいとされる表現型を指導されているうちに、その子らしさを摘みとってしまい、不自然な接ぎ木のようにならないよう、心に留めて頂きたいと思います。」


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