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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

「言語化」によって、子どもの思考は深まる

第445号 2014/7/25(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 夏季講習会は2クール目に入り、大勢の受験生たちが難しい課題に取り組んでいます。5日間連続のお弁当持参の講習会では、週1回の日常授業では見せない人やものへのかかわりの中で、子どもたちの表情にも変化が見られます。いつもは「お勉強だから・・・」と構えていたものが、お弁当を一緒に食べたり、踊りをしたり、劇づくりをしたり・・・そうした中で、普段の教室では見せない個性が発揮され、それが新しい関係づくりに一役買っているのかもしれません。子ども同士、また教師との関係が変わっていく中で、本人自身も変わっていくのでしょう。対面の集団教育が意味をなすのは、こうした人と人との関係の中で成長していけるからだと思います。

多くの子どもたちが基礎的な学習を終え、難しい課題に取り組む夏季講習会では、たくさんの問題をこなすというより、今壁にぶつかっている問題を一問一問深く掘り下げながら解決していく学習を取り入れなくてはなりません。その中で私たちが重視していることは、「言語化」という点です。答えが合っていればよいのではなく、どのように考え、解答にたどりついたのか・・・その過程を言葉で説明させることを重視した授業を行っています。そこで分かることは、正解にたどりつく道筋は必ずしも我々大人が考えている通りではないし、子どもによっても違うということです。また、間違えた答えを出した子の中にも、あと一歩で正解にたどりつく子が大勢いるという点です。この、あと一歩の子に何が足りないかを自覚させることが大事であり、自分の言葉で説明させる「言語化」のプロセスは、とても有効な方法だということがわかります。

毎年、この講習会で取り上げる数の問題の一つに「交換」(→参考コラム 第403号)の問題があります。このコラムでも何回も触れた次の問題が、その典型です。

2008年度入試 雙葉小学校
動物村のパン屋さんは次のようにパンを取り替えてくれます。
  • メロンパン1個はドーナツ2個と換えてもらえます。
  • 食パン1斤はメロンパン2個と換えてもらえます。
  • ハンバーガー1個は、メロンパン1個とドーナツ1個と換えてもらえます。
【問題】
(1) ドーナツ4個は、メロンパン何個と換えてもらえますか。
(2) 食パン2斤は、ドーナツ何個と換えてもらえますか。
(3) ハンバーガー4個は、食パン何斤と換えてもらえますか。

現段階で、子どもたちにとって壁になっているのは(3)の問題です。先日行った学習で、最初に子どもたちから返ってきた答えは、「2」「3」「4」「6」の4通りでした。その中で、最初から正解の「3」と答えられた子は10名中2人だけでした。「6」という答えはさすがに1人だけでしたが、「4」と答えた子が一番多く、その次が「2」と答えた子です。なぜそうなったのかを聞くと、どの子も最初は「ハンバーガー4個は、メロンパン4個とドーナツ4個」と全員が交換しています。その上で次のように考え、違った答えが出てくるのです。

A : 「2」と答えた子は、メロンパン4個は食パン2斤と換えられるが、ドーナツは換えられないからと言って除外している
B : 「4」と答えた子は、メロンパン4個をまず食パン2斤に換え、ドーナツ4個を2個ずつ括って2に換えているが、その2が食パンだと思いこみ、2と2を合わせて4個としてしまう
C : 「6」と答えた子は、(A)のようにメロンパン4個を食パン2斤に換えた後、残ったドーナツが換えられないので、そのまま2と4を合わせて6としてしまう

一つの問題をめぐっても、これだけ多様な答えが返ってきます。しかし、それぞれに間違いの原因がはっきりしていて、全体として正解に向かって考えていることだけは確かです。それは、間違えている子にも「なぜそうなったのか」を一人一人に説明させて(言語化させて)いくことによって明らかになってきます。

今回はその過程で、言語化することによって、子ども自身の思考が深まっていく場面に遭遇しました。「言語で思考を育てる」ということが幼児にも可能かどうか、関心を持って子どもたちの言動を見てきましたが、それが出来るということを確信した瞬間でした。その時のやりとりを再現してみましょう。(私は常に問題点を明らかにするために、意図的に間違えた子に説明させています。今回も一番答えの多かった「4」と答えた男の子に説明してもらいました。)

教師 :どうして4になったの?
子ども :最初に、ハンバーガーをメロンパンとドーナツに換えるの。
教師 :そうすると、いくつずつになるの?
子ども :メロンパン4個とドーナツ4個。
教師 :それからどうしたの?
子ども :メロンパン4個は食パン2つ(2斤)でしょう。
教師 :そうだね。
子ども :ドーナツ4個を2つずつに分けるの、そうすると2個でしょ。
教師 :そうだね。
子ども :だから2と2で4個になるの・・・(と言った瞬間、間髪をいれず)
あっ、先生違った。4個じゃなくて3個だ。
教師 :なぜ?
子ども :あのね、ドーナツを2個ずつ分けて換えると、それはメロンパンなの。それをもう1回換えないと食パンにならないから、メロンパン2個は食パン1つ(1斤)。
そうすると全部で3個。さっきの4個はちがう。
教師 :良く気がついたね。

自分で説明していくうちに、ドーナツ4個は食パン2斤ではなく、メロンパン2個だから食パンは1斤になるということに自ら気付いていったのです。言葉で説明していくことによって、自分の考え方も深まり変化していったという意味で、私自身も驚きました。言語化が思考を深化させた瞬間でした。

文科省が「言語の力で、論理を育てる」という方針を打ち出して何年か経ちますが、それが幼児期からできるということが分かれば、教育方法にも大きな変化が出てくるはずです。幼児は何もわからないから、教え込みで良いと考えている専門家も多いはずです。そうした方々は上のようなやりとりができるという事実をどう見るのでしょうか。私は長年の経験から、基礎学力を育てる大事な幼児期は、教え込みではなく、試行錯誤させ解答に至るプロセスを大事にする教育法が必要だと訴えてきました。今回紹介したような場面に遭遇すると、私たちが指導理念として掲げてきた「教科前基礎教育」「事物教育」「対話教育」の3つの柱は、間違っていなかったということをあらためて確信します。

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