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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

KUNOメソッドを支える人材の育成

第408号 2013/10/11(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 来年1月から始まるベトナムでの授業に備え、現場で指導に当たる日本人1名とベトナム人1名の研修が始まりました。新しい幼児教育の実践は、教師の指導力が全てです。ここ5年の間に、私が開発したメソッドを使用したいという教育機関が増えています。きちんと整備されたカリキュラムや、豊富な教材を提供するのはたやすいことですが、それだけで「KUNOメソッド」が実践できるわけではありません。一番大事なのは、指導にあたる教師の専門性です。教え込みの注入教育に徹すれば、簡単に子どもの前に立つことはできるかもしれません。今、多くの受験教室で行われている教え込み教育は、カリキュラムと教材がそろっていれば、子育てを終えた母親でも簡単にできるかもしれません。しかし、子どもの発達を正確にとらえ、理解の道筋をふまえて子どもの能力を引き出そうとするには、幼児教育に関する高い専門性を身につけ、実践経験を積まなければ、一人前の教師として子どもたちの前に立つことはできません。その意味で、メソッドを広めていくためには、「人材育成」が命です。どんな年齢の教育よりも高い専門性が必要なのに、優秀な人材が集まる条件が整っていないのが、幼児教育界の最大の悩みです。この5年間私が一番苦労したのも、実はこの「人材育成」の課題でした。

今回の直接の動機は、ベトナムで授業を行う指導者への理論と実践の研修ということですが、現在KUNOメソッドに基づく授業を幼稚園や保育園で展開している「こぐまチャイルド会」の教師の皆さんや、ベトナムと同じように、来年4月よりインドにおいて現地の教育機関と提携してKUNOメソッドに基づく授業を行う指導者の方にも集まっていただき、こぐま会の職員を含め、15名合同での理論研修として行いました。この理論研修は、2週間に4回のハードスケジュールですが、今後も継続的に行っていくためのスタートと位置付けています。第1回目の理論研修会は、以下のテーマで行いました。1時間の講義の後、実践をふまえた活発な意見交換をしました。

「KUNOメソッド第1回理論研修会」
10月9日(水) 19:00~21:00

A) 発達理論
幼児教育の変革を目指す者は、認識心理学・発達理論に学ばなければ、新しい実践を生みだすことはできない。そのために「現代教育のパイオニア」から発達理論を学ぶ
ピアジェ
ビゴツキー
ブルーナー
ワロン
彼らは、どのような発達観を持っていたのだろうか
B) KUNOメソッドの理論的背景
KUNOメソッドの理解は、ただ単に出来あがったカリキュラム・教材を見るだけでなく、それを支える理論的背景を知っておかなければならない
(1) 遠山啓氏の提言
(2) 3つの教育理念はなぜ大事か
  教科前基礎教育
  事物教育
  対話教育
(3) 新しいことを生みだすために、実践者であるということの意味

新しい実践を生みだすためには、幼児期の教育を支える発達理論から多くのことを学ばなければなりません。私の40年間の実践を支え、新しい教育内容や教育方法を生みだすための原動力になった理論的背景は、現代教育のパイオニアと呼ばれた4名の研究者から学びました。では、私が参考にした現代教育の発達理論は、幼児教育にどのような影響をもたらしたのでしょうか。代表的な4名は、発達について次のように述べています。

ピアジェ発達は、成熟を待つだけでなされるのではなく、子どもが発達しようとして努力するからこそ発達する。つまり、背伸びをすることによってのみ、発達が可能となる
ビゴツキー現実にはまだ実現されていないけれど、教育によって発達させていくことができる潜在的な可能性を持った範囲が、最近接領域であるが、子どもの最近接領域においてのみ、教育が効果を発揮する。教育は発達の前を進まなくてはならない
ブルーナー 子どもの知的発達を促進するものは、科学や数学や文学などの基本的観念である。螺旋形のカリキュラムを作成し、それぞれの発達の段階に相応させながら、知的性格をそのままに保ち、教材化するならば、かなり幼い年齢から「現代科学」の学習を進めることができる
ワロン対立と葛藤こそが、発達を推し進める真の要因である。こうした、高次の弁証法的過程の繰り返しによって、人間の発達が行われていく

この4名の発達理論の共通点は、人間の成長は、自然発達に任せるのではなく、意図的な教育活動によって促されるとした点です。私は、この発達理論を幼児教育に活用し、カリキュラムや教材教具を開発しました。その中でも、特にピアジェの理論を活用しました。

「ピアジェの発達の研究は、自分の3人の子どもを観察するところから始まった。この観察は、彼らが誕生するや否やはじめられた。言葉を通して行われたのではなく、活動を通して行われた。それらの活動は、大部分が口や目や、耳や皮膚などの感覚器官や運動器官を最大限動員して周囲の事物を探索し、それを理解しようとする努力から成り立っている。幼児の感覚運動的活動は、まさに知能の働きそのものである。後に出現する心情とか概念とかによる思考も、実はこの感覚的運動的活動が内面化された形にすぎないことを明らかにしようとした。このように、彼は、子どもの知能の発生と実在観念の構成を研究し、そこに生命的なもの(活動)と理性的なもの(論理)との連続性を認めるにいたったのである」(『未来をひらく幼児教育』チャイルド本社 p.10より抜粋)

こうした、過去の遺産からしっかりとした理論を学ばなければ、実践現場から新しい幼児教育は生まれないし、それ以上に、教室に通う子どもたちのために良い指導はできません。子どもに関わる全ての指導者が、子どもの発達を見る眼をしっかり持たなければ、「教育」という名において、子どものまともな成長の芽を摘み取ってしまっているかもしれないのです。受験が絡む教育であればある程、そうした危険性は高まるのです。

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