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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

受験対策の学習が陥りやすい誤り

第399号 2013/8/2(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 幼児期の基礎教育を考える場合、大人が自覚しておかなければならない大切なことがあります。それは、「間違いには必ず原因がある」という極めてあたりまえなことです。しかし、その当たり前のことを大人たちは忘れてしまい、子どもの思考過程にまで入り込んで指導することを放棄しています。特に受験準備のペーパー学習において顕著にみられることです。「あっているか、間違っているか」だけに関心が向き、どのように考えて正解しているのか、また、どのように考えた結果間違ってしまったのか・・・その大事な点をみようとしていません。私は、これまで一貫して子どもが「なぜ間違えたのか」にこだわり、その原因を考え、どうやったら正解にたどり着けるかにこだわり続けてきました。その過程で、子どもたちが物事をどのように考え、解決しようとしているのか、また何が難しく、どこでつまずいてしまうのかを掴んできました。

具体例を一つあげて考えてみましょう。この夏休みの講習会で取り上げている次のような問題です。これは、小学校2年で学ぶかけ算や、3年で学ぶわり算の考え方につながる内容です。

1. 一対多対応の応用(銀行ゲーム)
  • クマのコイン1枚で、ウサギのコイン2枚と交換できる
  • ウサギのコイン1枚で、カメのコイン3枚と交換できる
以上の約束をふまえて、いろいろ交換する
(1) クマのコイン3枚でウサギのコイン何枚と交換できるか
(2) カメのコイン9枚でウサギのコイン何枚と交換できるか
(3) クマのコイン2枚で、カメのコイン何枚と交換できるか

2. 置き換えの応用問題(動物村のパン屋)
  • メロンパン1個はドーナツ2個と交換できる
  • 食パン1斤はメロンパン2個と交換できる
  • ハンバーガー1個は、メロンパン1個とドーナツ1個と交換できる
この条件をふまえ、いろいろな交換をする
(1) ドーナツ4個は、メロンパン何個と交換できるか
(2) 食パン2斤は、ドーナツ何個と交換できるか
(3) ハンバーガー4個は、食パン何個と交換できるか

少し解説をしましょう。1.の問題は、従来からこぐま会の日常授業で学習している「一対多対応」の問題です。そして2.の問題は、雙葉小学校で出された入試問題です。1.の場合も2.の場合も(3)が難しく、子どもたちが相当苦労する問題です。どちらにも共通している難しさは、「置き換え」の発想です。1.では、クマのコインを一度ウサギのコインに置き換えて、クマとカメのコインの関係を考えることが求められます。この置き換えの発想が理解できるまでには多少の時間がかかりますが、それができたからといって、すぐに2-(3)ができるとは限りません。そこには大きな飛躍があります。何が難しいのでしょうか。それは、2.では、1種類のもの(ハンバーガー)と2種類のもの(メロンパンとドーナツ)を交換できるという約束が入っているからです。従来の問題は、数こそ違え、1種類のものと1種類のものとが交換できるという約束でしたが、この問題はそこが違っているのです。では、子どもたちはどのように考え、答えに至るのでしょうか。今回私のクラスで見られた子どもたちの解答を見ると、大体次のようになります。

(1) 4と答える子・・・クラスの3分の1
(2) 2と答える子・・・クラスで1人か2人
(3) 3と答える子・・・クラスの3分の1
(4) 6と答える子・・・数人

正解は3斤ですが、4斤や2斤と答える子が多く見られます。特に4斤と答える子が不正解の中では一番多いようです。この場合、2斤や4斤と答えた子を「×」で済ませ、3斤になる説明をするだけでは、考え方は何も身につきません。どこで間違ったかを指摘してあげること、また、間違いだけれども、途中まではちゃんと考えていたことを評価し、一人一人に伝えてあげることが大事です。2や4と答えた子の多くは、まずハンバーガー4個をメロンパン4個と、ドーナツ4個に変えます。そこまでは全員が行います。その後、目に映るメロンパン4個を食パン2斤に置き換えます。2と答えた子のほとんどがここまではできているのです。その後、残ったドーナツをどうしようか考えても、交換できる状況ではないので、2斤で止まってしまうのです。4と答えた子は、メロンパン4個を食パン2斤に変えた後、ドーナツ4個を2個ずつくくり、2個とします。その2個が、実はメロンパンであることに気付けば、もう一度交換し、食パン1斤と変えられ、合わせて3斤と答えられるのに、そこまでいかずに止まってしまうのです。ですから、この4と答えた子は、あと一歩のところまで来ていて不正解なのです。答えは違っても、答えに到達する道筋を歩んでいることには間違いありません。あと一歩の子にも間違いだから「×」として済ませてしまったのでは、なぜいけないかの理由も伝わらないまま、「出来なかった」という印象を与えるだけです。それでは、子どもの思考力を育てる指導法にはなり得ません。では、なぜドーナツ4個を変えた2個のメロンパンを食パンに取り換えられなかったのでしょうか。その最大の理由は、2回も置き換えをしなくてはならない点です。また、置き換えをして変わったものが、一体何であるのかをしっかり見ていないからです。それはまだ、「置き換え」ということそのものの理解が不十分だということです。

この問題を指導する際、もう一つ別の方法があります。最初の段階で、ドーナツ4個をメロンパンに変え、メロンパン6個で考えたらどうかという点です。確かにその方がわかりやすいし、私もその方法を伝えるべく授業に臨みました。しかし、正解できる子も含め、最初のうちはほとんどの子どもが、すぐに目につくメロンパン4個をまず食パン2斤に変えてしまうのです。目につくものから変えてしまおうという子どもの発想がそこにあるのでしょう。何回か練習していくうちに、最初にメロンパン6個に換えてから、食パン3斤に換えることもできるようになりますが、6個のまま答えとしてしまうケースも見られます。

このように、子どものものの考え方や間違いの原因を分析し、子どもが理解しやすい考え方に沿って指導法を確立し、それを、「ひとりでとっくんシリーズ」の問題作りや、講習会のカリキュラム作成に生かしてきました。こうした目で見ていくと、入試の問題作りに苦労している小学校の先生方が、ある問題を通して、子どもにどんな能力を求めているのかもよく理解できます。そうした背景があるからこそ、今まで全く見られなかった新出の問題がたくさん出されるようになってきているのです。それは、機械的なペーパートレーニングだけで対処できるものではありません。

子どもの「考える力」が大事だといっても、意外と「何をどう学ぶのか」が明らかになっていません。しかし、長い間小学校の入試問題に付き合ってくると、学校側の意図と、それに対する子どもの取り組みの様子がわかり、何を幼児期の課題にすればよいのかもわかってきました。私が小学校の入試問題にこだわるのは、受け入れる学校側がどんな能力を幼児期の子どもたちに求めているかがよくわかること、また、学校側が作成する問題の中に、入学後の子どもたちに見られるマイナス部分をなんとか解決させたいと願う学校側の意図が反映しているからです。これは、学力試験だけでなく、行動観察の内容や評価にも影響しているはずです。

40年間小学校受験の指導現場に身を置き、「子どもの思考過程」をテーマに実践に取り組んできた結果、世界中の子どもたちに共通する「考える力」の課題が明確になってきました。受験があろうとなかろうと、私たちのプログラムに触れた諸外国の教育関係者が、「KUNOメソッド」を評価し、それを自国の教育にも取り入れたいという動きが出始めています。中国、韓国、ベトナムといった言語も教育制度も違う国においても、このメソッドに関心が寄せられるのは、従来の「幼児教育」になかった内容と方法が含まれ、これまでの発想を転換する斬新なプログラムであると評価されたからにほかなりません。単に受験対策として意味があるのではなく、幼児期の「考える力教育」にとって意味があると評価されたからこそ、受け入れられたのではないかと思います。

受験は結果が求められます。しかし、同時にその結果も含め、何をどう学んできたのかも問われます。受験が終わればすべて忘れてしまう教え込み教育ではなく、将来の学習の基礎として意味がある「本物の幼児教育」が、いま求められています。受け入れる学校関係者が、「メッキ教育」ではだめだ・・・と異口同音に警告を発している背景には、そうした子どもたちが、入学後どのような道を辿るかをよく知り、懸念しているからにほかなりません。

受験準備の教育を「教え込みの特別な教育」と考えたら、きっと将来、こんなはずではなかったと悔やむ場面に遭遇するでしょう。まともな考えで「本物の幼児教育」を実践することが、小学校受験を意味あるものにし、幼児期における基礎教育の最大の動機づけになるはずです。受験勉強を特別視し、合格するならどんなことも許されるとしてしまったら、合格と引き換えに、大きな問題を抱え込む結果になってしまいます。

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