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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

教科書のない入試

第294号 2011/5/27(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 最近、新聞記者の方やドラマ制作者の方など、直接小学校入試にかかわりのない人たちから、「今の小学校入試はどんなふうに行われているのですか」と尋ねられる機会が増えています。いろいろ説明した後で、小学校入試の現在を象徴する意味で「教科書のない入試」であり、また「学校側から入試の情報が一切開示されない入試でもある」と付け加えています。情報の開示もなく、教科書のない入試であるからこそ、多くの間違った情報が発信されてしまうのです。また、「関係者でなくては入れない」「面接試験ですべてが決まる」といった合否判定に関する根拠のない噂話が出てくるのも、小学校受験独特のものだと思います。

私がかかわったこの40年間の入試を振り返っても、大きな変化はいくつかありました。特に入試問題の変遷については

 1. 知能検査の問題が主流であった時期
 2. 大量のペーパーが課せられていた時期
 3. ペーパーが全くなくなり、個別テストが中心になった時期
 4. 工夫された少ないペーパーと、行動観察が中心になっている今の時期

このような変化は、時代背景と学校側の意識の変化に起因しています。ではいったい今の入試で学校側は何を見ようとしているのでしょうか。教科書のない入試でありながら、入試問題は存在する。この矛盾はいったい何を意味するのでしょうか。視点を変えて言えば、何を根拠に問題を作成しているのでしょう。入試問題を分析していくと、いくつかの出題根拠がわかってきます。

 1. 日々の生活や遊びで身につける知識や能力
 2. 知能検査の問題
 3. 小学校低学年で学習する各教科の基礎
 4. 小学校高学年の文章題で求められる「考える力」の原型
 5. 今の子どもたちの一番欠けている能力をあえて問う

決して、入学後に学ぶ内容を先取りして入試問題を作っているわけではありません。また、入学後の学習につながるとしても、それを幼児期の子どもたちにストレートに問うのではなく、ゲーム化したり、子どもの生活に合わせて変形させたり、物語にしたり・・・といろいろな工夫をしています。特に最近のペーパー問題に象徴される学力に関する課題は、訓練して身につけた技能ではなく、「考える力」を問う良いものがたくさん出題されています。もし、学校側が何よりも学力を重視し、学力試験によって合否を決めるならば、以前のように何十枚というペーパー試験を課せば良いのです。しかし多くても10枚、ほとんどが5~7枚のペーパー試験しか課していません。それどころか、集団活動として行動観察を重視している傾向にあります。なぜ、他の入試のように学力試験だけで合否が決まらないのでしょうか。それは、年長11月時点でのペーパーテストの出来具合が将来の学力を保障しないと学校側が気付き始めているからです。「遊べない子は伸びないんだよ」と話されたある学校の校長先生の言葉にすべてが表現されています。

中学校入試は、小学校の学習課程をどれだけしっかり身につけてきたかをチェックします。また高校入試は中学校までの学習課程を、大学入試は高等学校までの学習課程をどれだけしっかり身につけたかをチェックし、入学後に学ぶ学習の基礎がどれだけできているかをみようとしています。しかし、知的な教育を本格的に取り入れることもなく、教科書もない幼稚園や保育園に通う子どもたちを対象に試験をするということを考えれば、中学校入試以降の試験とは全く違う発想で試験が行われていることは、想像に難くありません。つまり平たく言えば、出来上がった学力ではなく、これからの学びに必要な「レディネス」がどれだけ身についているかをみようとしていると考えるべきでしょう。とすれば、1日何十枚ものペーパーを課す入試対策がはたして有効な対策かどうかは、火を見るより明らかです。これから伸びようとする芽をどう発見するか・・・これが試験官の子どもを評価する基準のはずです。ですから本試験での合否が、それまでの模擬試験での成績順に決まっていかない現実が多くの学校で見られるのです。

こう考えれば、小学校入試に向けた対策で何をしてはならないか、はっきりしています。

 (ア) ペーパーでの過去問トレーニングを先行させた学習では、考える力は育たない
 (イ) 絵画でも製作でも、書き方や作りかたを教え込まず、自由な発想を大事にする
 (ウ) 口頭試問での答え方について、大人の発想で形式を教え込まない
 (エ) 行動観察や自由遊びでの振る舞い方を、形で教え込まない

パターン化された解き方、形式だけを身につけた振る舞い・・・そんなところに、子どもが伸びていく芽を発見できるはずはありません。入試対策と称して行われている「教え込みの教育」が、実は学校側が求めているものと正反対の方向に向かっているということを知っておいてください。メッキは必ずはがれますし、はがされます。

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