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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

教科前基礎教育という考え方

第276号 2011/1/14(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 幼児期に行う数の学習を「原数学」という考え方で行うべきだと主張したのは、数学者であり、水道方式を発案した遠山啓氏でした。彼は、1972年発行の「歩きはじめの算数」(国土社刊)の中で、次のように述べています。

「・・・この本を読まれた読者は、教科教育といっても、従来の算数教育でやっていたものは何一つ見当たらぬではないかという疑問を抱かれると思う。もっともな疑問であるし、たしかにその通りである。この本でとりあげられている内容は、未測量にせよ、分析・総合にせよ、空間表象にせよ、すべて従来の学校でやっていなかったものばかりである。しかし、私たちは、このようなものこそ小学校の算数教育の始まる前に、(・・・中略・・・)その準備としてこのような学習が必要である、と考えたのである。そういう性格をもったものを私たちは「原数学」と呼んでいる。したがって、ここで実践されているさまざまな内容や方法は、一般の幼児教育にも役立つのではないかと、ひそかに期待しているのである。」(まえがきより)

「・・・これまで述べたいくつかの指導法は、従来の数学という教科では行われたことのないものばかりである。このような分野を私は「原数学」と呼ぶことにしている。これを他の教科にまで拡張すれば「原言語」「原音楽」「原造型」・・・ともいうべき分野が新しく開拓される必要があるだろう。そしてそれらを総称すれば「原教科」という分野が設定できよう。これは人間の精神活動の萌芽形態を探究するための最も興味深い分野となるだろう。」(p.20)

八王子の養護学校で、知的な障害を持つ子どもたちに、いかに算数を教えるかを工夫し実践した後で、その総括として述べた前述のような言葉は、実践者としての自信に充ち溢れています。大学卒業後、幼児の知育に関する実験教室を立ち上げた私にとって、遠山氏の提案はとても参考になりました。ただ遠山氏は、具体的な内容についてはほとんど明らかにせず、これから自分も幼児教育に関して提言していくという矢先に他界されました。ですから「KUNOメソッド」としてまとめた教育内容は、その後の私自身の教室での実践活動の中から生み出したものです。「原数学」の内容はどんなものだろう、「原国語」とはこんなものなのだろうか、・・・そんな問いを発しながら積み上げてきた実践が、「教科前基礎教育」の内容なのです。その中身は、子どもたちを取り巻く社会の変化や子どもたちの理解の成長を見ながら、今も改訂され続けています。

幼児期の教育を語る際、その具体的内容が何も議論されないために、いっこうに改革が進行しないということを先週のコラムで述べました。その結果、多くの場合、小学校1年生で学ぶ内容をどのようにやさしくし、下におろせばよいか・・・・という発想になってしまいます。熱心に幼児教育に取り組む近隣諸国の実際の現場を見ても同じです。そこに新しい視点、つまり、上から下ろすのではなく、下から積み上げるという発想が欠落しています。振り返って日本の場合も全く同様で、いかに早くわかり易くたし算やひき算をやらせるか・・・またいかに早く文章を読ませるか・・・・そんな発想の教育内容になっています。しかし、小学校1年生の内容を易しくして降ろしても、幼児期の基礎教育は何も充実しません。ただ早くできた事だけが成果となり、「考える力」が育っていくわけではありません。今世界中の幼児教育者が考えているのは、どのようにして「論理的思考力の土台を育てるか」です。韓国や中国で「KUNOメソッド」が注目されているのは、その点なのです。韓国や中国でも日本で有名な「○○式の計算」は流行っています。しかし一方で、そんなやり方では論理数学的思考力は育たないと皆思い始めているのです。だからこそ、上海の少年宮で講座として取り上げてくれたのです。

「教科前基礎教育」というのは、できるだけ早く四則演算を教えることではありません。ましてや、小学校で行う学習を早めて行うことでもありません。教科学習が始まる前に、その基礎となる内容を子どもたちの生活や遊びにテーマを求め、事物教育の方法で積み上げていくものです。ですから、このプログラムを作成し実践するのに必要なことは、

  1. 子どもが物事をどのように理解していくかの道筋をしっかり把握しておくこと
  2. 教科の系統性をしっかりつかみ、何が基礎で何が応用かを明確にし、ある課題がわかるためには、それまでにどんなことが分かっていなくてはならないかを明確にしておくこと

最低この2点について、教える教師はしっかりと把握していなくてはなりません。それでないと、授業中に起こる突然の子どもの動き(反応)に、適切に対応できなくなってしまいます。用意されたプログラムを教え込むのではなく、その日の授業意図に合わせて、子どもの動きを取りこみながら、さながら子どもたちと劇を作り上げるような感覚で授業が進んで行かないといけないのです。教え込みの幼児教育がいかに無駄かは、多くの学者・研究者が実験を通して実証しています。40年近く前にこの世界に飛び込んで、そうした目で子どもの発達を見てきましたが、40年前の子どもたちができなかったことが、今の子どもたちは簡単にやってのける事がたくさんあります。社会の進歩・環境の変化が子どもたちの成長に大きくかかわっていることがよくわかります。ですから、教育プログラムもそうした子どもの発達の変化に応じて修正し、改訂していかなくてはなりません。その意味では、教科前基礎教育の内容はいつまでたっても未完成とも言えるでしょう。しかし、その変化に敏感に対応していくことこそ、私たち指導者に課せられた使命だと思います。

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