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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

教科前基礎教育の結果としての受験を

第274号 2010/12/25(Sat)
こぐま会代表  久野 泰可

 日本の子どもたちの学力低下を懸念して、来年4月から「ゆとり教育」によって先送りされた学習内容をもとの学年で再び学ばせるような改訂を含めた、新しい指導要領での教育が全面実施されます。また近年、効果的・系統的に学習を積み上げるために、4-4-4制の実施、小中一貫や中高一貫教育が試みられてきました。そして最近では、幼保一元化のみならず、幼小一貫教育・幼小連携教育が多くの自治体で試み始められています。

これまでの日本の幼児教育は、遊び保育を中心に、意図的な知育はなぜか毛嫌いされてきました。意図的な教育は幼児にはなじまないということなのか、小学校に入る前の意図的な教育は必要ないというような認識が一般的でした。一方で小学校入学後の子どもの学力を心配して、幼児を持つ親たちはそろばんをさせたり、漢字教育をさせたり、遊ばせておくより通信教育をさせた方がよいと考え、学力の基礎を家庭の責任において何とかしようとしてきました。本来ならば幼稚園や保育園ですべき事を家庭で補ってきたというのが現状です。

幼児期の遊びの教育的効果は計り知れないほどありますが、そのことと意図的な教育が相反するはずはありません。しかし、何となく「知育は小学校に入ってから」という雰囲気が保育者の間に蔓延し、知育がなじまない雰囲気が日本の幼児教育にはあったことは確かです。しかし最近では、幼稚園の理事長や園長の集まる場で「教科前基礎教育」の話をすると、大変興味を持って聞いてくれます。何かをしなくてはならない、しかし「何をどうやったらよいのかがわからない」というのが現場の率直な感想だろうと思います。

一方で、私立や国立の小学校に入学するための受験教育が盛んにおこなわれ、過熱しています。日本人は受験がなければ勉強しないということも確かにその通りですが、私は40年近く幼児教室を主宰してきて、「小学校受験こそ、今の日本では意図的な教育がしっかりと受け止められ、幼児期の基礎教育の動機づけになっている」と感じています。実際、幼児期の教育に真剣に考え取り組んでいる多くの教室では、受験は一つの通過点であり、目標は大事な幼児期の基礎教育のはずです。ところが受験のためだけに行われる教育は、ほとんどの場合、受験が終わったら何も残らない詰め込み教育であることもまた事実です。そして、「合格さえすれば何でも許される」という発想が教室全体の雰囲気をつくり上げ、子どもを巻き込んだ親同士の競争が過熱します。授業を公開し、「○○ちゃんに負けるな」とカリスマ教師が子どもだけでなく親も叱咤激励し、競争心をあおります。できた子にはご褒美をあげ、そのご褒美のために頑張らせるという動機づけさえしてしまうのです。どう考えてもまともな教育になじまない動機づけです。また、在校生の母親を教師に仕立て、関係者を大勢集めて合格者を増やし、また一方で1回だけでもテストを受けた子どもを会員に見立て合格者にカウントする・・・挙げたらきりがありませんが、それが進学塾競争の現実です。こんなところに、まともな基礎教育がおこなわれる環境などありません。こうした現実を学校側が察知し始めたのでしょう。入学試験のペーパーテストでよい成績をとっても入学後伸びない。伸びないどころか勉強に対する興味が持てない。ペーパー問題を見ることすら拒絶する・・・詰め込みの指導がもたらす典型的な例です。合格はしたものの、最初から学ぶことを拒否する子どもたちが大量に生まれているのです。受験勉強の弊害といえるでしょう。今年、入試問題が全体として易しくなったのは、こうしたことと無関係ではないように思います。基礎学力がしっかり身に付いた子かどうかを基本問題を通して見ていこう、あとは行動観察で入学後に伸びていく子を探していこう・・・こうした姿勢が感じられます。なぜ常識問題が増えたのか・・・そこに、学校側の考えを探るヒントがあるように思います。どんなテスト・どんな判定をすれば、学校側が好ましいと考える子どもを発見できるか・・・その試行錯誤が再び始まったと見るべきでしょう。

小学校受験に特殊な教育・詰め込み教育は必要ありません。幼児期の基礎教育として、まともな教育を家庭でも教室でもしっかり行い、年齢に見合った「考える力」「問題解決能力」がしっかり身についていれば、どの学校にも合格可能です。ただ、幼稚園の教育に教科書があるわけではありません。意図的な学習のための教材は必要です。しかし、その教材が「過去問」では困るのです。きちんとした考え方で系統づけられた教材が必要です。入試に「出た - 出ない」で判断するのではなく、「教科前基礎教育」の考え方に基づいた教材を使って学習を積み上げることが大事です。小学校受験が「考える力を育てる教育」の動機づけになれば、子どもにとっても親にとっても「受験して良かった」ということになるはずです。

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