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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

今年の入試から何を学ぶか(3) 入試問題が易しくなっていく背景

第271号 2010/12/3(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 国立附属小学校の入試も始まり、すでに合格発表の終わった学校もあります。お茶の水女子大学附属小学校や筑波大学附属小学校はこれからですが、この2校をもって2011年度の入試も終了することになります。12月1日現在、こぐま会卒業生の皆さまから連絡のあった合格者数は別掲の通りです。今年も予想以上の成績を収めることができました。教科前基礎教育の徹底が小学校入試でも力を発揮する事を、この合格者数が証明しています。過去問を使ったペーパートレーニングを先行させた「間違った受験対策」ではなく、事物教育を中心とした「考える力の育成」と「基礎学力の徹底」が受験でも求められていることがはっきりとしてきました。

今年の入試をさまざまな角度から分析し、正確な情報をお伝えするセミナーも始まりました。12月12日に行う「2011年度入試結果報告会」では、各学校の入試問題を学校別クラスを担当する専任教師が報告することになりますが、それとは別に、昨年から行ってきた「合格カレンダー連続講座」も始まりました。昨年は、11月から入試直前の10月まで合計30回のセミナーを行いました。その時期にふさわしいテーマを取り上げ、できるだけ具体的にデータを示して入試の実態を明らかにしてきました。情報が公開されていない小学校入試の実態を明らかにしていくためには、具体的な事例を一つ一つ明らかにし、データの裏づけを示して分析していかなければなりません。正しい受験対策をお伝えするには、1回や2回のセミナーで片付くほど単純ではありません。なぜこの問題が出されたのか、どのように学習すればよいのか、子どもはどこで壁に突き当たるのか・・・そうしたことを一つ一つ明らかにし、教室の授業進度に合わせて家庭学習が実行されなくては、効果は上がりません。そんな想いで、今年も「合格カレンダー連続講座」を通して「正しい受験法」をお伝えしていくつもりです。

さて、先日行った第1回目のセミナー(11月30日)では、「今年の入試から何を学ぶか」と題し、女子主要10校の問題を領域ごとに分析して、その中でも特に入試の中心となる「数」「図形」「言語」の3つの領域について、最近の傾向との兼ねあいを踏まえて分析しました。

第1回ひまわり会「合格カレンダー連続講座」
今年の入試から何を学ぶか(1)
入試問題の分析と新傾向の問題

A. 今年の入試の特徴

B. 最近の傾向の中で、今年の問題をどう評価するか

C. 主要3領域における入試問題の分析
  (1)数の問題
  (2)図形の問題
  (3)言語の問題

D. 言語領域の問題が重視されていく背景

今年の入試問題を総括すると、次のようにまとめることができます。

  1. 入試問題は全体として基本に戻り、易しくなった
  2. その一番の原因は、数に関する問題が極端に減ったこと
  3. その反面、図形・言語領域の問題が増えている
  4. 特に言語領域で「一音一文字」に関する問題がかなり目立つ
  5. 常識問題も、以前に比べると出題数が増えた
  6. 図形問題は、線対称・重ね図形・回転図形といった難しい問題が増えていく傾向にあったが、今回は、図形構成に関する問題がなぜか多い
  7. 総じて、ペーパーだけのトレーニングではなく、生活の中で実際に経験していることに関連した問いかけが多い
  8. 行動観察は、相変わらず「自由遊び」中心である
  9. 面接は、答えた内容に関してまた新たな質問をするといったように、テーマを決めてかなり突っ込んで聞かれるケースが増えている

これから分析が進む中で、もう少しはっきりと今年の入試問題の傾向が見えてくると思いますが、現時点では以上のように総括できます。問題が基本に戻り、易しくなった背景をいろいろ調べていますが、過去においてこうした事態になったケースは何度かあります。その背景には2つの原因がありました。

  1. 受験勉強が過熱し、不適応を起こす子どもが増え、臨床心理士からの警告を受けて社会問題になった時。その結果、学校側も大量のペーパー試験を中止し、具体物を使ったテストに変更した
  2. 関係者を多く取らざるをえない学校側の事情が生じた時、必ず問題は易しくなる。逆にいえば問題が極端に易しくなった時、合否判定は関係者有利と考えてまず間違いない

さて、今回の基本問題への回帰は、偶然なのか、何か背景があるのか、1年だけの変化では何とも言えませんが、「なぜ学力だけで合否が決まらないか」また、「なぜ行動観察が重視されているのか」といったことと無縁ではないように思います。それは、学校側が入試における学力試験をどのように考え、それをどのように合否判定に反映させているかという問題と密接につながっているからです。

幼稚園や保育園には、小学校や中学校のように教科書はありません。文科省や厚生省から望ましい保育の在り方は指示されていますが、何をどう学ぶかといった教科書的なものはありません。教科書はないけれど、試験問題は存在する・・・この矛盾にこそ小学校入試の特殊性があらわれています。何をどう学び準備すれば良いのか・・・学校側も何も語りません。唯一出題の根拠になっているのは、昔からある「知能テスト」です。しかし、最近の入試問題はそれをはるかに超えています。その中の多くが、私たちが「教科前基礎教育」として系統化した内容です。こぐま会発行の「ひとりでとっくん365日」が、いまや小学校入試の教科書的役割を果たしているのが実状です。ほとんどの問題がこの中から出されています。今年たくさん出された「一音一文字」の考え方は、こぐま会が25年以上前から取り上げていた課題で、小学校入試への登場はそれから10年以上たってからです。また、今では入試で一般的になったかけ算の考え方を表す「一対多対応」も、実は問題集を作る際に私が考えた「造語」なのです。「一対一対応」があるならば、「一対多対応」があってもいいだろうという考えで作ったものです。それを今では多くの塾や問題集で当たり前のように使っているのです。私たちが教科前基礎教育の内容として体系化したものが、いまや小学校入試の教科書になっているとういう現実をどう理解すれば良いのでしょうか。

学力がなければ合格できない、しかし学力があっても合格できない現実の中で、学校側が幼児期の学力をどう把握しているのか、入学後の子どもの成長にとって、入試で課した試験の結果をどう受け止めているかが問題です。私が以前お話しさせていただいたある学校の校長は、「年長11月の学力なんて当てにならない。みんな訓練してくるから。それよりも友だちと遊べない子は入学しても伸びないんだよ。」とおっしゃっていました。だからこそ行動観察が重視され、思考力を要する問題が工夫されているのです。

問題が易しくなっていく背景は過去何度も見てきました。それは、過熱した受験勉強の結果、形式だけを教え込まれた子どもたちの薄っぺらな学力では入学後あてにならない、それどころか、入試で燃え尽きてしまい、入学後勉強に興味を示さず、もうやりたくないという子どもたちが増えている現実を学校側が危惧し、受験を準備する側に警告を発しているからなのかもしれません。最初に出会う学習が、苦痛を伴う教え込みの学習では何のための幼児教育でしょう。入学前にすでに勉強嫌いをつくるような入試対策は好ましくないと、学校側は考えているはずです。

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