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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

上海でも「幼小一貫教育」に関心が集まっています

第239号 2010/4/9(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 3月28日から4月1日まで、上海で3つの講演会を行ってきました。今回の目的は、上海の3教室で行っている「KUNO method」教育の普及活動のために、幼児教育関係者に私の38年間の実践活動を総括した「教科前基礎教育」の内容と方法を伝えることでした。29日は、上海市南部の幼稚園協会の幼稚園園長、30日には上海幼稚園において、上海市幼稚園40園の園長を対象とした講演会、そして31日には、上海市少年宮の幼児教育部門を担当する先生方を対象とした講演会と討論会を行ってきました。

4年前に初めて上海を訪れた時と違い、いたるところで高層ビルの建設が見られ、活気に満ちていました。30日に講演会を行った「上海幼稚園」は、広い敷地に階段式の小ホールを備えた4階建の建物で、これが幼稚園かと疑うほど立派な施設であり、国家全体で幼児教育に力を入れていることがよくわかりました。また、故宋慶齢女史が設立した中国福利会が運営する少年宮の充実した設備にも驚きました。少年宮は5歳から16歳ぐらいまでの児童が、学校が終わった後通ってくる校外活動施設であり、ピアノ・バイオリン・舞踊・書道・絵画・囲碁など、さまざまな分野の学習が展開されています。その中に「思考訓練」の講座もあり、その講座の一つとして、1年間「KUNO method」による講座を行わせてもらった関係で縁ができ、今回は他の少年宮の先生方も含めた講演会と討論会を行うことができました。

今回の講演は、私たちが実践している「教科前基礎教育」の考え方を、具体的に伝えるために、映像化した授業の場面を示しながら、授業内容の系統性を伝え、あわせて教育方法としての「事物教育」と「対話教育」の重要性を訴えました。また、「幼小一貫教育」の具体的カリキュラムを提案しました。通訳をはさんだ報告や討論は、いつも以上に神経を使い、疲れましたが、日々子どもたちと接している方々を対象としたため、内容はよく理解していただけたと思います。私への質問で一番多かったのは、「幼小一貫教育」の在り方についてでした。予想したとはいえ、今私が一番力を入れている「幼小一貫教育」の在り方が話題になるということは、中国の現場の先生方も、小学校の教科学習との関係を真剣に考え、取り組んでいることがよくわかりました。聞くところによれば、中国では幼児期に教科学習を先取りして教えることは教育庁の方から「禁止」に近い形の通達があるようで、日本のように安易に小学校の内容を易しくして、おろして教えようという発想はないようです。だからこそ、形式的な計算トレーニングのようなものを、保護者の方々も無意味だと考え、「思考訓練」のような講座に人気が集まっているのだと思います。今回の私の報告には、大勢の園長から賛同と評価をいただくことができました。ただ、国家の成り立ちからして当然ですが、民間でない幼稚園では、良いものだからといってすぐに取り入れることは難しいようで、普及するまでには多少の時間が必要だと感じました。
幼小一貫教育のためには、教科前基礎教育だけでなく、その成果をどのように教科学習につなげるかが大事です。そこで、いま私が実験的に行っている「ひまわりクラブ」の授業を紹介しました。その一つは、「一対多対応」の学習から「かけ算」の考え方や計算に至るまでの指導法です。幼児期のうちに、生活や遊びの場面を再現しながらかけ算の基礎になる「一対多対応」の考え方を学習し、その成果をかけ算の学習にどうつなげたら良いのかを、具体的な教材を示して説明しました。「3×4」と「4×3」の違いがしっかりわかって、3×4=12、4×3=12ができなければ本当にかけ算を理解したことにはなりません。お客さんに配るものの数を変えたり、三輪車と自動車のタイヤの数を数えさせたりする幼児期の学習につなげれば、その違いが簡単に指導できることを伝えました。

国が違っても、子どもたちの認識をどう育てるかの観点に立てば、どこの国の先生方も同じようなことを考え、同じようなところで悩んでいるのだということが良くわかりました。日本でも今後、「幼小一貫教育」の論議が高まってくると思いますが、小学校の先生が幼稚園や保育園に行って、やさしい計算や漢字を教えるなどという貧困な発想をしている限り、何の変革にもなりません。また、ゆとり教育の実施と脱ゆとり教育の復活に見られるような、一貫性のない教育改革にならないようにしなくてはなりません。役人任せの教育変革は、決して成功しないことを肝に銘じ、子どもたちにかかわっている現場教師がもっと発言していかなくてはいけません。貧困な発想の教育改革では、近隣諸国に経済だけでなく、教育も追い抜かれてしまうでしょう。研究者や教育行政担当者は、もっと現場に降りて、生の声を聞く必要があると思います。特に日本の幼児教育研究者はもっと教育現場を大事にし、文献だけでなく教育現場で起こっていることの解決に力を注ぎ、教育内容を変革する発想をしない限り、日本の幼児教育は新しく生まれ変わることはないでしょう。

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