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週刊こぐま通信
「知育を軽視する日本の幼児教育が危ない」

幼児期に何を経験させるべきか

第22号 2014/8/12(Tue)
こぐま会代表  久野 泰可
 8月7日(木)の日本経済新聞朝刊に、次のような記事が掲載されていました。

「自然・科学に関心」日本最低 日米中韓高校生調査で59.5%

「国立青少年教育振興機構(東京)などが日米中韓4カ国の高校生を対象に行った意識調査で、自然や科学に「関心がある」と答えた日本の高校生の割合は59.5%にとどまり、4カ国中最低だった」ということです。自然や科学への関心について「とてもある」「ある」と答えた生徒の割合は、中国が79.3%で最も高く、米国(63・6%)韓国(63.1%)と続いたようです。また、この記事の中で、次のようなことも報告されています。「高校の理科の授業で、興味があることを自分で調べたり、学習したりしている、と答えた日本の生徒は20.2%で、中国(44・2%)や米国(44・0%)とかなりの差があった。」日本の生徒の60.6%は、「自分で調べたり、学習したりするための時間がない」と回答しているようです。こうした状況を分析した大学教授は、「日本の高校生は、受験勉強で忙しく、身の回りにある疑問を追究する機会が少ない」と指摘しています。

しかし、この問題は高校に限らず、小学校から始まる日本の学校教育の問題点を浮き彫りにしているものだと思います。高校生ですから、指摘の通り受験勉強との兼ね合いもありますが、しかし、受験問題は決して日本だけでなく、私の知る限り韓国や中国は日本以上に受験競争は激しいはずです。そうではなく、日本の教育法、つまりこの記事でも触れていましたが、日本では「先生が行う実験を見る」という方法で、自然や科学について学習している場面が多いということが影響しているはずです。そうした意味でこの報告は、幼児期からの学習の仕方について考えなくてはならない大事な問題を提起しているはずです。

日本では、知識を与えることが教育だと考えている人たちがあまりにも多すぎます。試行錯誤を重ね、自ら関係や法則性等を発見していく学習は、効率の悪い学習として遠ざけられてきたのではないでしょうか。翻って、幼児期の学習を考えた時、全く白紙の状態の子どもに試行錯誤させると言っても、一体何ができるのか・・・そうした声が多く聞こえてきます。しかし、子どもだからと言ってバカにしてはいけません。5歳児にもなれば、自分が発見したことや、自分の思考のプロセスをちゃんと言葉で表現できるのです。だからこそ、私たちは「事物教育」「対話教育」を実践してきたのです。

事物に触れ、働きかけることによって、事物の特性や関係性を学んでいきます。幼児に仮設実験的な授業は十分にはできませんが、予想を立てそれを確かめることは、幼児でもできます。そうしたものごとへの働きかけは教育方法として優れていて、子どもがとても興味を持ち、集中します。単に自然や科学のことだけでなく、空間認識・数概念・図形的センスを育てるためにも、事物教育は必要です。

日本の学校教育全体が、安あがりで時間のかからない効率を求めるばかりに、遠回りをしたり、無駄と思われる経験をさせたりすることを避けてきたのではないでしょうか。しかし、今問題になっている事態は、効率化だけを追求していたのでは対象物への働きかけはしなくなり、新しい発見・思考を深める経験につながらない教育をしているということになります。私たちも経験した「夏休みの自由研究」も、自然や科学に興味を持たせるとても良い機会だと思いますが、自分の経験を振り返ってみても、子ども自身の自発的な「調べてみたい」「やってみたい」ということより、宿題だからやらなくてはならない・・・とどうも受け身のように思います。最近は、それを請け負う業者も出ているくらいですから、滑稽と言うしかありません。

夏季講習会中に、知人にカブトムシを3匹ほど捕まえてもらい、子どもに観察させました。カゴから外に出して机の上に置いてみると、教室を逃げまどう子、だれよりも先に触ってみようとする子、怖いけどちょっと離れて興味深く観察しようとしている子・・・とさまざまでした。ものごとへの興味関心の持ち方を見ていると、普段家庭でどんな生活を送っているのかが垣間見えてきます。私たち大人にも見られる、「蜘蛛が嫌い」「蛇が嫌い」・・・という感覚は、一体いつ頃から身についてきたのでしょうか。もしかしたら親の感覚が子どもにも身についてしまっているのかもしれません。教室を逃げまどっている子が、いつカブトムシを自分でつかんでみることができるのか。もしかしたら一生触れないで済んでしまうのではないかと思います。

また先日、海の話に関して、「海に行ったことがある人」と聞いても手が上がらない子が何人かいました。海の概念があっても、実際の海に行ったことがない子が大勢いることに驚きました。「どうしていかないの?」と聞くと、「だってお母さんが日に焼けるのがいやで連れて行ってくれないの」、「肌がべとべとするからいやっていうの」・・・大人の都合で、子どもが幼児期にしておくべき大事な経験を奪い取ってしまっているとしたら、こういうところから子どもたちの自然へのかかわり、活動を積み上げていかなければだめだと強く感じます。

教育機関は学校であったとしても、教育は学校の独占物ではありません。家庭生活のなかで、教育のチャンスを見つけ出すこと・・・それが何よりも大事な事だと思います。

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